イギリスのスポーツ史を学んでビジネスに活かす

今回は、現代での人気スポーツを多く生み出した、スポーツの発祥の国として知られる「イギリス」のスポーツ史を振り返っていきたいと思います。

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イギリスは、一般的に「近代スポーツ」の母国といわれています。例えばフットボール(サッカー)、ラグビー、ボートレース、テニス、アーチェリー、バドミントンなどです。

これらは、いずれもイギリスにおいてその原型を整えられ、世界各地に伝わったものです。

そのためか、現在では、「スポーツ(sport)」といえば、これらの近代化された「競技スポーツ」を思い浮かべることが多いと思います。

「スポーツビジネス」という言葉も、基本的には「何らかの競技スポーツを基にしたビジネス」であると言えます。

つまり、「スポーツ=競技スポーツ=近代スポーツ」、といった理解が一般的なものとなっているのです。

しかし、イギリスのスポーツの歴史を理解する場合には、これら三つの言葉の意味するところを押さえておく必要があります。

まずは、「スポーツ」という言葉の由来を見ていきましょう。

「スポーツ」の由来

はじめに、「スポーツ」と「競披スポーツ」の違いですが、今からおよそ300年前の娯楽は、「レクリエーション」という言葉で表現されていました。

ですが、この時代における「スポーツ」の意味するところは、むしろ「娯楽」や「遊び」に近かったのです。そのことは「sport」の語源を考えれば理解しやすくなります。

オックスフォード英語辞典』によれば、sportの語源はラテン語の「deportare」という言葉です。

このうち、接頭語のdeはaway(離れる)を意味し、portareはcarry(運ぶ)を意味します。

つまり、この言葉の意味するところは、「carry away」であり、「(何かを)運び去る」というのが元々の意味となっています。

そして、いつしか「何か」の内容が不安や心配事といった「心の重荷」へと広がり、「不安を運び去ること」すなわち「気晴らし」を意味するようになりました。

サミュエル・ジョンソンの『英語辞典』(1755年)ではつぎのように書かれています。

「気晴らし(diversion) = スポーツ(sport) 」

この記述を見れば、本来、「スポーツ」という言葉が「からだ(body)」ではなく、「こころ(mind)」に関わる事象を示すものであったことがわかります。つまり一般的なスポーツとしてイメージされている「身体を動かすこと(運動)」だけではなく、冗談や歌、芝居や踊り、チェス、トランプ、サイコロといった賭け事までも含む、いっさいの楽しみ事が含まれます。テレビゲームなどでスポーツの試合を実施する「eスポーツ」という分野も「気晴らし」である以上は「スポーツである」と定義できます。

それらが、イギリスの支配階級である、ジェントルマンの文化を反映し、主として狩猟や乗馬といった野外での娯楽活動をあらわすようになるのが18世紀です。

そこに「競技スポーツ(athletics)」の意味が加わるのは、ようやく19世紀に入ってからのことです。

また、その傾向は、とくにイギリス文化圏以外のスポーツ史研究者たちのあいだで顕著でした。

たとえば、フランスのスポーツ史家ベルナール・ジレは『スポーツの歴史』のなかで、当該行為を「スポーツ」として認めるための三つの要素として「遊戯、闘争、およびはげしい肉体活動」を挙げています。

また、ユリウス・ボフスは『入門スポーツ史』において、「スポーツ」を

「イギリス人の身体修練」と位置づけ、「達成原理・競争原理・記録主義原理」をスポーツと規定しています。

ですが、これらはいずれも近代化された 「競技スポーツ」の文化要素としては妥当なものかもしれませんが、「スポーツ」そのものの定義としては枠を狭めすぎていると言えます。

スポーツ」の概念にはそもそも「競技スポーツ」には収めきれないほどの広がりが認められるのであって、そのことは本家本元の「イギリス スポーツ」についていえることなのです。

かつてのイギリス社会に見られた豊かなスポーツ文化のその多様性と歴史的な広がりとを考慮に入れなければ、イギリス スポーツ史の全体像は見えません。

問題は、本来「気散じ」を意味した「スポーツ」が、なぜ「競技」へとその意味内容を拡大させてきたのかという点であり、そこに「スポーツの近代化過程」を解き明かす鍵がある、ということです。

近代スポーツ

それでは、「近代スポーツ」についてどのように理解すればよいでしょうか。  

現在の「競技スポーツ」の多くは、19世紀後半以後のイギリス社会において誕生してきたものです。 したがって、競馬、クリケット、ゴルフといった若干の種目を除けば、その歴史はたかだか1世紀(100年)余りにすぎないことになります。  

ですが、「スポーツ」を「世界史」的な視野で見ると、たとえば日本の宮中で行われていた節会(せちえ)スポーツ(射礼・賭弓・騎射・競馬・打毬等の馬芸・相撲)は7世紀から中世にかけて確認され、古代ギリシャのゼウス神を祭る目的で行われた古代オリンピックは紀元前8世紀から紀元4世紀まで続いたことがわかっています。

 

このように、近代社会において生み出され、現在に直接つながる「競技スポーツ」とは違うものの、人類が行ってきた儀式的な「競技」の歴史はそれよりもはるかに古い時代にまでさかのぼることができます。  

つまり、「競技スポーツ」の系譜につらなる「歴史的スポーツ」は近代社会にのみ存在するわけではない、ということです。

したがって、近代のイギリス社会で生み出された「競技スポーツ」が「近代スポーツ」の1つの形であるとはいえても、それらが「近代スポーツ」のすべてであるとは言えないのです。

アニマル・スポーツ

一定の近代化によって登場してきた現在の「競技スポーツ」はいわば「人間が行う運動競技」とも言えますが、かつてのイギリスには、人間が直接行うのではなく、生きた「動物」を用いる「アニマル・スポーツ」と呼ばれるものが数多く存在していました。

これらは現在でも伝統行事や地域の文化として行われることがありますが、闘鶏、闘犬、鶏当て、牛掛け、牛追い、熊掛け、あなぐま掛け、といったものです。  

鶏当てや牛追いは生きた動物に対して人間が対峙するものでしたが、そのほかは同種の動物同士を闘わせたり、種類の異なる動物を掛け合わせたりするもので、現在ではいずれも「残酷」で「血なまぐさい娯楽」といえます。

 
 
 
 

イギリスでも、18世紀後半から19世紀にかけて、この種の娯楽に対する批判が高まり、大々的な反対運動が繰り広げられました。 その結果、産業革命につながる工業化や都市化の進展ともあいまって、これら「血なまぐさい娯楽」は19世紀半ばまでにはその大半がかつての勢いを失っていったのです。  

ですが、「アニマル・スポーツ」といっても、そこには人間が深く関わっていたのであり、動物だけで「スポーツ」が成立したわけではないのです。あくまで主役は生きた動物たちでしたが、その意味で、現在の「競技スポーツ」とはもっともかけ離れたスポーツ形態の一つだったといえます。

ブラッディ・スポーツ

ブラッディ・スポーツとは「血のスポーツ」という言葉どおり、流血や怪我をすることが当たり前のスポーツという意味です。  

例えば、シングル・スティックやカジェリングなどと呼ばれた棒試合、あるいは素手で行われた拳闘試合など、そこでは、選手の流血や怪我はごくごくありふれた出来事で、試合で選手が重傷を負い、その傷がもとで死亡する場合すらあったようです。  

さらに18世紀に発行された新聞や雑誌などには、「アニマル・スポーツ」のみならず、この種の荒々しい試合の告知やその結果などが掲載され、同時代の人々がこれら「血なまぐさい娯楽」に大きな関心を持っていたことが分かります。  

棒試合の内容とは、木製の棒を用いて行う剣術試合の一つです。   ですが、現在から見て異常な点は、試合の決着が「選手の流血」によって決められていた、ということです。

「血が流れなければ、骨折していても負けとは見なさない」といったことが、当時の一般的なルールだったのです。

したがって、そこでは少なくともどちらかの選手が流血するまで試合が終わらなかったことになります。   このように、生きた動物を用いる「アニマル・スポーツ」だけでなく人間が直接行うものであっても、共通して「流血」という文化が存在していたのがイギリスのスポーツなのです。

イギリスでは、こと「アニマル・スポーツ」に関しては、その大半が動物虐待防止法をによって衰退していきましたが、ボクシングやレスリングといった人間が直接行うスポーツについては、議会制定法による直接的な禁止は行われず、ルールや組織面での「改良」を経ることで近代的な「競技スポーツ」の仲間入りを果たしていきました。  

18世紀から19世紀にかけて、残酷性という点では同様の批判を受けていたにもかかわらず、一方は「近代スポーツ」として位置づけられ、一方は当該社会の枠組みそのものから排除されていったのです。

2019年に日本で開催された「ラグビー ワールドカップ」では、日本代表の健闘や世界トップレベルの選手たちのプレーに多くの日本人も関心を持ちました。

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一方で、ラグビーというスポーツは身体と身体が激しくぶつかり合うスポーツであるため、流血や打撲といった怪我は日常茶飯事になります。

実際、試合中継やスポーツニュースなどでそうした場面を目撃した人は多かったと思いますが、ラグビーはイギリス発祥のスポーツであるため、この「ブラッディ・スポーツ」に少なからず影響を受けているものと思われます。

まとめ

今回は、近代スポーツ発祥の国として知られる「イギリスのスポーツの歴史」について解説していきました。

イギリスは「エリート」や「ジェントルマン」といった紳士的で優雅なイメージがある一方で、歴史的にはかなりスリリングなスポーツを楽しんできたのです。

また、「スポーツ」という言葉は「運動する」という意味だけではなく、「気晴らし」に関わることを広く対象としています。

したがって、今後は「運動」や「競技」といったスポーツビジネスではなく、多種多様なスポーツビジネスが生まれてくる可能性を持っています。

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ABOUTこの記事をかいた人

須賀 優樹

本ブログの管理人。「世界で一番優しくスポーツビジネスを学べる場をつくる!」を目標に、スポーツ業界に入りたい人、活躍したい人をこれまで多数支援。学生時代の専門は「スポーツマーケティング」。現在は大手企業のデジタルマーケティングやビッグデータ分析のコンサルティング、スポーツ団体の新規事業支援などをやっています。