NBAが日本市場を開拓するワケ これまでの事例とこれからの戦略

アメリカのプロバスケットボールリーグであり、世界最高のプロスポーツリーグの1つでもあるNBA

ワシントン・ウィザーズには八村塁選手が、メンフィス・グリズリーズには渡邊雄太選手が所属するなど、これまで日本人にとっては「とても遠い存在」だったNBAが、ここ数年で一気に身近な存在となってきました。

特に、2019-2020シーズンは、NBAが「日本市場を本気で開拓している!」と感じさせたシーズンでもありました。

今回は、なぜNBAが日本市場を開拓しているのか、そして今後の戦略は?といったことを、これまでの経緯や事例なども踏まえて、解説していきたいと思います!

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NBAと日本市場の関係

まず、NBAはこれまで、どんな方法で日本市場を開拓してきたのでしょうか?

そもそも、NBAが現在のようなプロスポーツリーグの中でも、屈指の高年俸選手が存在するリーグになったのは、1980年代後半〜2000年にかけての話です。

それまでは、アメリカの他のメジャースポーツである、MLB(野球)、NFL(アメリカン・フットボール)、NHL(アイスホッケー)に比べると、バスケットボール自体の競技人口はとても多いものの、「ビジネス」という視点ではそこまで人気のあるスポーツではありませんでした。

1980年代になると、「マジック・ジョンソン選手(Earvin "Magic" Johnson Jr.)」が率いる「ロサンゼルス・レイカーズ(Los Angeles Lakers)」と、「ラリー・バード選手(Larry Joe Bird)」が率いる「ボストン・セルティックス(Boston Celtics)」の名門2チームが凌ぎを削るようになり、次第にアメリカ国内での人気が高まります。

そして、1984年のNBAドラフトでシカゴ・ブルズ(Chicago Bulls)に指名された「あの男」が、NBAの人気をアメリカはもちろん、世界でも屈指の人気リーグに成長させたのでした。

神様と呼ばれた男 マイケル・ジョーダン

その男の名前は「マイケル・ジョーダン(Michael Jeffrey Jordan)」。

現在でも、「歴代No.1 バスケットボールプレーヤー」と称されるジョーダンの登場で、NBAは一気に世界的なムーブメントを巻き起こします。

特に、ジョーダン率いる「シカゴ・ブルズ」の旺盛を極めた、1990-1991シーズンから1992-1993シーズンの「前期スリーピート」と、一度目の引退・復活後の1995-1996シーズンから1997-1998シーズンの「後期スリーピート」の6年間は、ジョーダンの人気は世界中で爆発していました。

チームメイトのスコッティ・ピッペン(Scottie Maurice Pippen)やデニス・ロッドマン(Dennis Keith Rodman)といった、個性豊かなタレントも日本のテレビで見る機会が多く、この時期は日本でもNBAが身近に感じられる時代でした。

日本のバスケットボールブーム

当時の日本で、NBA人気が高まった理由の1つには、ちょうどそのタイミングで日本でもバスケットボールブームが訪れていた、ということが挙げられます。

その理由は、勘の良い人ならわかるでしょう。

そう、不朽の名作として未だに高い人気を誇るバスケ漫画「スラムダンク」です。

不良少年が「バスケットマン」として成長する「スラムダンク」

スラムダンク」の連載は1990年〜1996年までということで、ちょうどジョーダンがNBAを席巻していた時代とタイミングが重なります

さらに、その時期はNBAが北米大陸以外の「世界市場」の開拓に目を向け始めた時期であり、日本の大手商社である「伊藤忠商事」とライセンス契約を結んで、1990年に初めて、日本でNBAの試合を開催しました。

当時はインターネットもなく、NBAの試合を日本で生で観戦できる、ということもあり、東京体育館で行われた「フェニックス・サンズ」vs「ユタ・ジャズ」のゲームは、満員の10,111人が観戦に訪れました。

この年から、1992年、1994年、1996年、1999年、2003年と6回に渡ってNBAは日本市場の開拓のために日本でのゲーム開催をしましたが、それ以降は2019年まで開催されることはありませんでした。

また、このNBAの取り組みが他のアメリカプロスポーツリーグの世界戦略にも影響を与え、NHLが1997年に、MLBが2000年に公式戦開幕試合を日本で開催しました。

ちなみに、当時のNBAコミッショナー(第4代目)、デビッド・スターン氏(David Joel Stern)は、「プロスポーツリーグにおける最高の指導者」という評価を受けるほど、素晴らしい功績を残しました。

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1回目のNBAの日本市場開拓が失敗に終わったワケ

しかし、結果から見れば、NBAの日本市場開拓の取り組みはそれほど大きな成果を生み出しませんでした。

NBAのジャパン・ゲーム(日本で開催される試合)が2019年まで、実に16年間開催されなかったことが、この事実を物語っています。理由は2つあります。

マイケル・ジョーダンの引退

大きな理由の1つには、やはりマイケル・ジョーダンの引退があります。

1998年で後期スリーピートを達成すると、シーズン前から引退を表明したジョーダンは引退し、監督だったフィル・ジャクソンもチームを離れ、さらに主要メンバーだったピッペンやロッドマンもシカゴ・ブルズを去るなど、当時の「NBA =ブルズ」というイメージのあった日本のライトなファンは、一気に熱が覚めてしまいました。

これは、日本特有の文化とアメリカのスポーツビジネスの認識の違いでもあります。

今では、日本のプロ野球やJリーグの選手も、他チームに移籍をしたり他国のチームに移籍をすることが当たり前になりましたが、一昔前の日本人の感覚は、「選手は1つのチームでずっとプレーをして、そのチームで引退することが美徳」のように考えられていました。

したがって、他チームへ移籍した選手をファンが強烈に批判したり、ブーイングを浴びせるといった行為が盛んに行われていました(今でもありますが・・・)

しかし、NBAの各チームのオーナーは、あくまで球団経営を「ビジネス」として捉えています。

ビジネスとして球団経営をする以上は、収支のバランスを考えて、チームの経営をやりくりするのが当然で、どんなに素晴らしい活躍をした選手でも、チームの経営状況とマッチしなければ簡単に放出されることもあるのです。

圧倒的な強さを誇った「ブルズ」というチームが解体され、今まで知っていたチームが全くの別物となってしまったことで、日本のファンの、NBAというリーグへの興味は薄れてしまいました。

他スポーツでのスター誕生

1990年代後半から2000年代にかけて、サッカーと野球でそれぞれスーパースターが登場します。サッカーでは「中田英寿」選手、野球では「イチロー」選手です。

もちろん、他にもスター選手はたくさんいましたが、この二人の特徴は「日本人選手が外国の一流リーグで活躍した」ということです。

1998年のサッカー・フランスワールドカップで活躍後、イタリア・セリエAに移籍した中田英寿選手は、「日本人サッカー選手は外国で活躍できない」と言われてきた中で、デビュー戦の強豪ユヴェントス相手に2ゴールをあげるという、衝撃のデビューを果たしました。

イチロー選手は、2000年に当時オリックス・ブルーウェーブ(現オリックス・バファローズ)からMLBのシアトル・マリナーズに移籍し「日本人野手初のメジャーリーガー」となると、日本の時ほど活躍できないとされていた前評価を覆し、1年目から打率.350をマークし、新人王を獲得しました。

この2名の選手のその後の活躍は、ここで言うまでもありません。

その頃、野球やサッカーを中心とした日本人選手が外国リーグに挑戦し、活躍する姿が毎日のようにスポーツニュースで流れる一方、2004年に田臥勇太選手がNBAのデンバー・ナゲッツ(Denver Nuggets)との契約を勝ち取りました。

大きな注目を集めたものの、わずか4試合で解雇されてしまい、他スポーツのスター選手と肩を並べるまでには至りませんでした。

したがって2000年代前半のNBAにとっては、日本市場は魅力的ではなく、「日本にはコアなファンはいるものの、そこまで力を入れる市場では無い」と判断したのです。

2000年代のNBAは中国市場を開拓

日本市場から距離を置いたNBAですが、世界的な市場開拓は着々と進めていました。

特にNBAが力を入れたのは、同じアジア圏である「中国」です。

2002年に、ドラフト1位でヒューストン・ロケッツに指名された「姚明」選手の存在で、中国ではNBA人気が爆発しました。

そもそも、世界でもトップの人口を誇り、成長市場にある中国は、NBAはもちろん、世界的に見ても魅力的なマーケットであり、スター選手が存在することもあり、NBAとしても中国市場へのプロモーションは比較的行いやすい、という事情もありました。

ただし、NBAと中国は香港デモの影響によって関係が悪化しており、今後どのように関係が回復されるかは、日本市場の開拓戦略にも影響を及ぼすことでしょう。

参考サイト:BUSINESS INSIDER | NBA騒動が突きつける中国の「踏み絵」。日本企業やブランドは中国とどう向き合うか?

これからのNBAの日本市場開拓における二人のキーマン

さてここまで、これまでのNBAがどのように日本市場を開拓してきたのかをご紹介しました。

ここからは、今後NBAが日本市場の開拓に向けて、どのような戦略をとっていくのか、という部分に注目してみましょう。

これからのNBAの日本市場開拓には、2人のキーマンが存在します。

ワシントン・ウィザーズ 八村塁選手

一人目のキーマンは、間違いなく、八村塁選手です。

デビューシーズンは新型コロナウィルスというトラブルや、怪我などもあり、やや不運な部分はありますが、チームの中心として活躍しています。

ウィザーズというチーム自体も若いチームで、将来性のある若手選手が多いこともあり、優勝を争うようなエリートチームの中心選手として活躍できる可能性は十分にあるでしょう。

八村選手が活躍するということは、サッカーにおいての中田英寿選手、野球においてのイチロー選手のような存在、ということになります。

八村塁選手がNBA入りした今シーズン、明らかにテレビのスポーツニュースでNBAが取り上げられる機会が増えましたよね。

インターネットの発展が目覚ましい中でも、まだまだ「テレビ」は影響力の強いメディアです。

八村選手の活躍に、日本でのNBA人気を確固たるものにできるかどうかが、かかっていると言えるでしょう。

楽天 三木谷社長

もう一人は、楽天の三木谷社長です。楽天と言えば、プロ野球の「東北楽天ゴールデンイーグルス」やJリーグの「ヴィッセル神戸」などの経営に深く関わり、「FCバルセロナ」ともスポンサー契約を結ぶなど、ここ数年「スポーツビジネス界」での存在感を強めています。

さらに、現在の「NBAの日本放映権」は独占契約で楽天が結んでいます。

これまでは、日本でのNBA中継は、注目されているゲームがBSで放送されたり、「リーグパス」という海外のサイトを通じて配信されているだけでした。

そこを楽天が独占契約することで、「日本人のためのNBA視聴サービス」が開始されたのです。

そもそも、16年ぶりにNBAがジャパンゲームを開催するに至った経緯として、三木谷社長の尽力が大きかったと言われています。

楽天は、2017年にNBAチャンピオンチーム、「ゴールデンステート・ウォリアーズ(Golden State Warriors)」と3年間で約68億円というスポンサー契約を結びました。

そしてその翌月には、日本での独占的な放映のパートナーシップをNBAと結ぶという偉業を達成しました。

もちろん、楽天という会社をグローバル企業にするための、ビジネス的な戦略があってのスポーツチームへのスポンサードという側面もあるでしょう。

しかし、三木谷社長自身が、アメリカに住んでいた時から30年来、NBAを見てきたという、NBAファンであることも無視できない事実です。

NBAが今後、日本市場を開拓するためには、スター選手、そして定期的な情報発信というものは必要不可欠です。

スター選手はたくさん存在します。八村選手がスターとなる可能性もあるでしょう。

そして、楽天という巨大IT企業がNBAの試合をネット配信するようになり、定期的に日本での試合を開催するようになれば、日本でのNBAブームは、もっともっと加熱してくる可能性があります。

実際、2019年に開催されたジャパンゲームでは、一番安いチケット金額でも8,000円、最も高いチケット金額の席で260,000円という、高額なチケットながら二日間ともに満員でした。

まとめ

今回は、\ NBAが日本市場を開拓するワケ これまでの事例とこれからの戦略/というテーマで、NBAと日本のこれまでの関わりや、今後の展望などをご紹介してきました。

こうしてみると、アメリカのプロスポーツリーグは、30年ほど前から「世界市場」に目を向けて、ビジネスを拡大してきたのがよく分かると思います。

日本では、Jリーグがアジア諸国の市場を開拓する取り組みをここ数年で積極的に進めている事例なども出てきましたが、まだまだ「世界に向けてビジネスを展開している・価値を届けている」とは言えない状況です。

球団単位では、「外国チームとの業務提携」といった例もありますが、「リーグ全体」として見ればプロ野球やJリーグもほとんど世界には進出できていないといって良いでしょう。

アメリカプロスポーツリーグが約30年も前から「将来のために積極的な投資」をしてきたのに対して、日本のプロスポーツは自分たちのクラブの経営を安定させることにも一苦労で、「世界市場開拓」のスタートラインにすら立てていません。

アメリカの取り組みばかりをマネしても仕方ありませんが、「なぜアメリカのプロスポーツリーグは、そうした取り組みができるのか」という本質的な部分をもっと理解する必要があると思います。

そこには、「スポーツに対する関わり方」や「ビジネスをする際の考え方」など、大きな違いがあるはずです。

このブログを読んで頂いている方には、ぜひそうしたことを考えてみて頂きたいと思います。

今後のNBAはどのように日本市場開拓を進めていくのか、このような視点でスポーツを「みる」のも、楽しみ方の一つですね。


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ABOUTこの記事をかいた人

須賀 優樹

本ブログの管理人。「世界で一番優しくスポーツビジネスを学べる場をつくる!」を目標に、スポーツ業界に入りたい人、活躍したい人をこれまで多数支援。学生時代の専門は「スポーツマーケティング」。現在は大手企業のデジタルマーケティングやビッグデータ分析のコンサルティング、スポーツ団体の新規事業支援などをやっています。